Fahrenheit -華氏- Ⅱ



前方を走る車のスピードが落ちた。だから俺もスピードを落とす意味合いで後続車にハザードで報せる。


音楽の掛かっていない車内にハザードのカチカチッと言う音だけが響いた。


きっと俺のハザードランプが赤く点滅しているに違いない。


赤は




『止まれ』を意味している。





ストップだ、啓人。これ以上深く話すわけにはいかない。


何となく、そうゆう警告が自分の頭の中で流れた。


俺が話を終わらせると、瑠華もそれ以上二人の関係について深く突っ込んでは来ず


「タバコ……よろしいですか…?」


遠慮がちに言ってパワーウィンドウを開ける。


窓をほんのちょっと開けても、防風が侵入してこない程度にスピードは落ちていた。


瑠華はシガレットケースからいつもの細いタバコを取り出して口に咥え





「………ありがとうございます」





と、一言。


まるで風に消されてしまいそうな程か細い声だったのに、俺の耳にはしっかり届いた。


え……何が…?


何が『ありがとう』なんだ。


俺はそれが『今までありがとうございます』のように聞こえて、不安げに瑠華の横顔を眺めると


彼女は風でなびく髪を押さえながら、咥えた筈のタバコを口から抜き取り






「……あたし……あたしが不安がってると思って打ち明けてくださったんでしょう?」





ほんのちょっと眉を寄せると、何だか泣きそうな瞳の中、俺の不安げな表情が映り込んだ。


「正直に話してくださってありがとうございました。それに携帯を見るときあなたは……


啓は最初から抵抗が無いように振舞って居ました。



そのときから、信じるべきだったのです。



ごめんなさい」



瑠華……


瑠華が謝ることなんて何一つない。


いけないのは俺だ。俺はまだ瑠華に『真実』を伝えていない。真咲との過去を―――


瑠華は風避けにつくった手のひらを壁にして、タバコにとうとう火を点けた。


その紫煙は


風で流されることなく、車内に漂っている。





まるで


心のくすぶりのように、ただぼんやりと



空気に身を任せている感じに



思えた。