Fahrenheit -華氏- Ⅱ




でも、あの『真咲』の文字には見覚えがある。


以前、他社との打ち合わせの際に聞いた名前だ。あれは確かセントラル紡績の―――


真咲 満羽


これが彼女のフルネームだった気がする。所属は確か……営業本部一課となっていたけれど、肩書はこれと言ってなかった。


あのとき、啓は真咲さんを見て、まるでそこだけ時間が止まったように硬直していた。


あたしは単に取引相手が思いのほか美人だったから動揺したのだと思っていたけれど、今考えたらそれだけじゃなかったんじゃないか―――


そう、彼女はとても




美人だったのだ。




その後、東星紡との引き合いが掛かって居て、早い話談合ね。結局啓は東星紡の方を優先させた。当然のことよね。私が啓でもそうした。結局彼女―――真咲さんの意に沿わない形で、こちらの落ち度とは言え何とかアザールの件から手を引いてもらった。


しかし納得の言ってない真咲さんから当然電話が掛かってきて、彼は、啓は―――彼らしからぬやや強引と呼べる呼べるような口調で苛立った電話をしていた。


想えば、彼が取引相手……それも女性に対して冷ややかとも呼べる対処をした(結局アザールから手を引いてもらった)のは、はじめてだ。


考えたら、啓の不調はそこから少しずつ、でも確実に体調面が悪くなって行くのが目に見えて分かった。


単なる契約のトラブルに疲れているように見えたけれど、彼はそもそもバイタリティーがあって、そんなことで一々体調を崩すようなやわじゃない。


きっとあたしの知らないところで、彼女とはビジネス意外に何らかの関わり……いいえ、この際はっきり言うと『確執』があったに違いない。


啓と真咲さんに何があったのか―――


“あの”啓にとって『確執』と言う言葉は、不適切なようで……いいえ、やはり啓の態度からすると適切ね。


そう言えば以前二村さんが


『フェイスブックのコメを返さないとさ~、次長が機嫌を悪くするんだよね。


いち早くコメントを残した社員がお気に入りでさ~』


と言っていた言葉を思い出す。


あたしはバッグからパールホワイトのボディのケータイ……それは偶然にも啓とお揃いのものを、自然取り出していた。