Fahrenheit -華氏- Ⅱ




それはもう十九年前の話―――…


夏の軽井沢―――



別荘の高い天窓から差し込む木漏れ日が温かく、広いリビングの床でごろりと横になって昼寝をしようとしていると、


俺の両親、そして瑠華のご両親が揃ってテニスに繰り出して、留守番で暇を弄んでいた瑠華が、俺の元にとことこやってきて


広い庭で拾ったというドングリを自慢げに俺に見せてくれていた。


「こっちのちっちゃいのがルカので、こっちのおっきいのがケートくん


ケートくんにあげる。お庭にうめたら、ドングリが(そのまま)出てくるかな」


何て、今では考えられない無邪気発想を、まるで太陽のような笑顔を浮かべながら言う。


「ドングリが育ったらボクにも分けてくれる?」とこちらも今では考えられないほどウブだった俺。



今だったら考えられないな。


てかあの頃のことを思い出すと、顔から火が出そうだ。


キャー!俺、何言っちゃってンの!!ってな具合に。


でも、あの頃の瑠華は無邪気に


「え~どぅしよっかなぁ」とちょっと意地悪そうに笑って首を傾げる。


……


…考えたら、このときからちょっとだけS要素の片鱗が…


ちっちゃい瑠華も意地悪…ってか小悪魔??


「ドングリの神様にお願いしようかな。ルカちゃんのドングリくださいって」


「ドングリのかみさまなんていないよ~」


「いるよ」


「いないよ~」


そんな可愛いやりとりをして、じゃれあってた俺たち。


あの時は若かったぜ。お互い…“お互い”な!




「じゃぁケートくんが大っきくなって、あたしのおむこさんになってくれたらあげる」




とドングリを見せて無邪気に笑う瑠華。


あのときと変わらぬ笑顔。




あれから十九年と言うときを経て、俺たちはありもしないドングリの実が実るように―――愛を育てられたのだろうか。


いや、まだその成長は続いている。


俺は目を閉じて眠りに入った瑠華の寝顔をすぐ近くでずっと眺めていた。


あのとき抱いた淡い恋心を例えると、とっても小さなドングリだったかもしれない。


だけどやがて樹齢を重ねた木は大きくなり、葉が、羽を伸ばした大きな鳥のように育ち空を覆って、


やがて実がなるように―――その恋心も成長し





それはやがて“愛”に変わる。






くる春も、夏も―――秋も冬も





これからずっと彼女の隣に




いたいんだ。




そんなことを考える俺、十九年前から成長していない気がするけど、


純粋にそんな風に想える相手と出会えたことを―――





ドングリの神様に感謝しなきゃ、だな。