Fahrenheit -華氏- Ⅱ




裕二は少し後ろの方を気にするように、声を潜めて俺に耳打ちしてきた。


ちなみに俺の夢なのに、誰が潜んでるのか俺自身にも分からん。


「綾子が傷ついてもいいって?確かに悪いのは俺だけど、知らない方が幸せってこともあるだろ?」


以前、瑠華と言い合いになったときの言葉だ。


「だけど裕二……」


俺がまばたきをして裕二を見ると、綾子の声が聞こえてきた。


「裕二が浮気してるみたい!」


あ、綾子!?


ヒステリックに叫ぶような綾子の怒声を聞いて、俺は勢い良く振り返った。


でも―――やっぱり、背後には誰も居なかった。





But if nobody gets damaged now, what he said is right.

(でもこれで誰も傷つかないのであれば、ある意味麻野さんの言っていることは正しいってことですね)





遠くの方で瑠華の声がする。


この夢は……地平線が…俺の前に広がる闇の終点が見えない。


それなのに、瑠華の声はあちこちで反響して、エコーがかって聞こえた。





傷つかない恋なんてない―――



誰もが幸せになる恋なんてない。





瑠華をはじめとする……






―――誰もが、俺にそう言っているようだった。