Fahrenheit -華氏- Ⅱ



「呆れた。綾子さんが可哀想です。そのストーカーの彼女に何も言えないのなら、せめて綾子さんにだけは本当のことを伝えるべきです」


瑠華の言葉が、俺の心臓をえぐるように突き刺さる。


俺だって、誰にも話してないけど真咲と言う問題を抱えている。


他人事…なんて受け流してたけど、それは俺にも言えることで。


身につまされることです。


俺が無言で茶を啜っていると、向かい側で裕二が片方の眉をちょっと吊り上げて瑠華を見た。


「綾子が傷ついてもいいって?確かに悪いのは俺だけど、知らない方が幸せってこともあるだろ?」


裕二の気持ちが今なら痛いほど分かる。大切な人を傷つかせたくないから、言えないんだ。


「傷つく傷つかないは、本人しか分からないと思います。それに何もかも露見したあとに知ってしまったら余計傷つくと思いますけど」


瑠華が負けじと言い返す。


その視線に険悪な何かを含ませていた。以前、村木をやりこめたときの、あの強い視線。


化粧を落としているから、その視線が尚更険しい…リアルなものに見えた。


俺はこんな目で見られたことがないけど、この先真咲とのことを知られたら俺だってこんな風に睨まれるかもしれない。


こうなったら、もう瑠華を止めることはできない。


「だからそうならないように、ここに来たんだ」


裕二が苛々と頭を掻いた。声が徐々に冷静さをなくしかけている。


「来るべきところが間違ってます。あなたはまず綾子さんに相談すべきです」


だけど瑠華は熱くなった裕二とは反対に冷めていく一方。冷ややかな目で裕二を睨んだ。




「柏木さんだって啓人の昔のオンナが現れたら動揺するだろ!」




裕二の声が荒くなり、




「大体そうゆう柏木さんだって人のこと言えねぇよ!啓人が気にしてたぜ。元カレに会いに行ったんじゃないかって!!」





と、テーブルを勢い良く叩いた。