真咲がテーブルの上で拳をぎゅっと握る。


俯いたまま抑揚の欠いた声が彼女の口から漏れた。


「あたしが失ったものは、柏木さんが失ったものより小さいってわけ?」


俺は顔を上げた。


真咲は俯いたままだから表情は読み取れない。


だけどその暗い室内に、その声は弱々しく響いた。


「違う」


俺が一言答えると、真咲はゆっくりと顔を上げた。


その顔には疑心と恨みで満ちて歪んでいる。俺が好きだった綺麗だと感じた真咲の顔は微塵にも感じられなかった。


「柏木さんが可愛そうな境遇だから同情したってわけ?」


「違う!」


俺は声を荒げた。そんなつもりはない。


大体瑠華を好きになったのは、彼女の何もかも知る前だ。


それでも……


「俺は人の不幸をものさしで測った覚えはない」


くぐもった声が口から出て、唸るように真咲を睨み上げた。


真咲は急に失望したように肩に入った力を抜いて、額に手を当てた。


俺は掛けるべき言葉をできるだけ慎重に選んだ。


下手に真咲を刺激するわけにはいかない。


だけど短い間であれこれ考えても、出てきた言葉はおざなりだった。


「……お前には悪いと思ってる。…だけどあのとき俺はまだガキで、どうしようもなかったんだ」


言い訳にもならない。


真咲は額から手を退けると、澱んだ瞳で俺を見据えてきた。


「違うわ」


彼女の声が一段と低く、暗く響いた。