え―――……?


聞き間違い?


俺が顔を上げると、真咲は顔の前で手を振った。


「あたしが悪かったわ。あんた相手だと、つい理不尽な我侭を言っちゃうの。ビジネスだし、あんたにも立場ってのがあるってこと、分かってる」


正直―――拍子抜けした。


どんな言葉で責められるのか、色んな罵倒を想像していたから。


真咲が言うように、こいつの場合大抵理不尽で理由のないことで怒る。


最初のうちはやっぱり俺にも考えがあるから反抗していたものの、そのうちそれすらも面倒になっていた。


用は俺が一方的にガミガミ言われても、大人しくしていればいいだけのことだ。


だけど俺だって気分が良いわけじゃない。それによって苛立ちもするし、ストレスだって溜まる。


それを覚悟してたって言うのに……


―――こう素直に謝られると、正直調子が狂う。


「いや。俺が悪いし…」


それに対して真咲は何も返さなかった。


コーヒーが運ばれてくるまで沈黙が降りてくる。


アロマルージュは昼より夜の方が客の入りが多い。


方々で賑やかな声が聞こえてくる中、俺たちは互いに固く口を閉ざしていた。


沈黙が重い。


なんて以前の真咲に対して感じたことはなかった。


黙り込んでいる彼女を目の前にしても、前はちっとも苦痛じゃなかった。


表情を読めば大体何を考えているか分かるし、その対処方法だって知ってる。


それに俺だって他ごとを考えていたから。


でも今は表情を読んでも真咲が何を考えてるのか分からない。他ごとすら俺の頭の中に浮かんでこない。




これが―――五年という歳月が経った結果なのだろうか。



これが―――二人の間を隔てる時間の流れというものなのだろうか。






もう以前のように、俺たちは分かり合えない。