『冗談じゃないわよ!』


真咲は食って掛かる。


俺は受話器を握りしめ、さりげなく受話音量のボタンを指で押し、音量を下げた。


受話口から少しでも真咲の声が漏れたら、他の二人が訝しむに決まっている。


「お気持ちは分かります。しかしこちらとしてももう手段がなくて」


『簡単に言わないでよ!!あの企業は私が何ヶ月も前に目をつけていたブランドなのよ!あれに賭けてたのよ!』


何ヶ月も前から……?


それは俺に再会するより前に?


疑問が浮かんだが、それを口には出来なかった。


『わざわざフランスまで足を運んだって言うのに、ダイレクトには取引ができないのよ!』


真咲の悲痛な声が受話器を通して伝わってきた。


「こちらの落ち度ですから他の企業をご紹介いたします。今度は入札制度ではない確実なご契約をお約束いたしますので」


『他の企業って何!アザールしか出せない独特の染めや織のある生地を求めて居るのよ、あたしは!』


「それは分かります。しかしながらこちらとしても、入札制度の前では手出しできませんので」


受話器を握りしめ、唇を噛んだ。


俺にだって無理だ!


そう怒鳴りたいのを何とか答えて、それでも表情に険しいものが浮かんでいたのだろう、佐々木が少し心配そうにこちらに顔を向けていた。


俺は軽く手を上げて、何でもないような素振りを見せると、佐々木もそれ以上はこちらを気にすることはなかった。


『あんたはうちよりはるかに規模の大きい会社の方を優先させたわけね』


真咲の低い嘲笑が聞こえてきて、俺はぐっと息を呑んだ。