Fahrenheit -華氏- Ⅱ



午後16時過ぎ―――俺は遅めの休憩を取る為に、席を外そうとした。


だが、


「部長。一番にお電話です。セントラル紡績の真咲さんて方から」


真咲との事情を何も知らない(当たり前か)佐々木の、能天気な声が俺をその場に凍りつかせた。




とうとう―――…きたか。



でも思ったより、早かったな。




瑠華の方をちらりと伺うと、彼女は内線電話で通話中だった。


書類の不備について経理課と話し合っている最中だ。


俺は観念すると無言のままゆっくりと椅子に腰を落とし、受話器を手に取った。


「お電話変わりました。神流でございます」


ことさら丁寧に言って、仕事のことで話をするという雰囲気を相手に伝えたかったのだ。


『もしもし?あたしよ』


苛立ちを滲ませた、それでいてビジネスの話をするような堅苦しい言葉でないことから、相手が携帯で外から掛けていることが分かった。


「お世話になっております」


俺の顔から表情がなくなっていくのを感じる。声も機械的な挨拶に変わっていた。


『どうゆうつもり』


俺の冷静な言葉に苛立っているのだろう、真咲は声を荒げた。


「菅井さんにお話した通りです。私どものリサーチ不足で…他社との引き合いがかかっていましたので、今回は残念ながら」


まるで台本を読むようなスラスラと、それでいて淡々とした感情のない言葉だけが俺の喉から出た。