Fahrenheit -華氏- Ⅱ



東大?慶応??


とんでもない。俺にそこまでの学力はありません。


「うちの柏木はアメリカの有名大学を飛び級してるんで、それに比べれば私なんて」


「アメリカの大学を飛び級!」


これにはさすがに菅井さんもびっくりしたようだ。そしてまたも恥ずかしそうに微苦笑して首の後ろを掻いた。


「いやー…私とは別世界のお話ですね。私なんて勉強するのが嫌で就職したくちですから」


そっちの方がよっぽど現実を帯びていて、堅実だ。


俺なんて特に意味も持たないままだらだらと大学に通っていた口だから、ある意味菅井さんの選択は正しいと思う。


そのことを話すと、菅井さんは照れくさそうに笑った。


「どこの社会も今は女性が強いですね」そう言って、会話は締めくくられた。




結局―――


菅井さんは会話のネタに俺と真咲のことを出しただけで、そこに深意はなさそうだった。


俺もそれ以上は深く考えずに、その場を辞去した。



特に大きな問題もなく昼過ぎに会社に帰り戻り、結果を二人に報告すると二人ともほっとしたように胸を撫で下ろしていた。


こんな風に得意先がダブルブッキングというケースは稀で、実際俺もはじめての経験だった。




東星紡も、セントラル紡績も―――アザールの商品を望んでいた。


結局手に入れたのは規模も業績も断然上の東星紡だった。


菅井さんは分不相応と言ったが、果たしてそうなのだろうか。


売る側は希望の金額をつけて、それを商品を求める側に買う権利があるのだ。


どのマーケットにもその図が成立するはずなのに、


売る側と買う側が決まっていて、価格も双方の話し合いの結果に基づいている。



談合なんて汚いことをしなければいい。


どの企業も公平に入札できる制度を作るべきだ。



読者諸君はそう思うだろうが、



どの企業も業界も―――




大抵はその汚い制度で成り立ってるのさ。





一体―――何が正義で、何が悪なのだろう。