Fahrenheit -華氏- Ⅱ



紫利さんは最初どこに座ろうかと思い悩んだようだが、結局俺と一つ空けて椅子に落ち着いた。


「大将、ビールね」と変わりない落ち着いた声を聞いて、俺はちょっと安心した。


隣では、「綺麗な方ですね。どこでお知り合いになったのですか?」と瑠華がメニュー表を眺めながらさらりと聞いてきた。


俺の方を見ないで淡々と言う口調が怖い。


「どこでって…場所は恵比寿のバーで…」


瑠華がメニュー表をパタンと閉じて、目だけを上げた。


そんなこと聞いてるんじゃありません。そう語っているようだった。


こっわーーー!!!


俺は白状してお手上げのポーズを作った。


「俺がナンパしたの。美人で目立ってたから」


「まぁ確かに……目立ちますね」そう言って瑠華は俺の向こう側にいる紫利さんを覗きこんだ。


紫利さんがその視線に気付いて、顔をこちらに向ける気配があった。


瑠華はちょっと目を開いて、ぱっと顔を戻す。


「私どうやらお邪魔のようね。今日は一杯だけにして帰るわ」


と紫利さんが嫌味じゃない程度に苦笑を浮かべた。


「いや…邪魔とかじゃ……」ただ気まずいだけ。


そんな言葉とてもじゃないが口には出せん。


俺はメニュー表を見る振りして、ちらりと大将を見上げると、大将は「どうにかしろよ」と目を怒らせていた。


完全に店のチョイスをまずった。


確かにこの店を紫利さんに紹介したのは俺だけど、まさか彼女が一人で来るまで気に入ってたとは思いも寄らなかったからだ。


どうしようか、と考え込んでいるとき、


「お邪魔だなんてとんでもございません。宜しければ三人で」


と、瑠華が言い出し、俺は耳を疑った。