Fahrenheit -華氏- Ⅱ



「“紫利さん”?」


瑠華の低い声を聞いて、俺はそろりと彼女の方を伺った。


普段あまり俺に関心がなさそうだけど、紫利さんの名前には反応したようだ。


無理もない。


実は数週間前に俺は寝言で紫利さんの名前を呼んでいたらしい。


『“紫利さん”って誰ですか?』


と、無表情で聞いてきた瑠華の……だけど、あの俺しか分からない迫力の睨みを思い出して、俺は震え上がった。


「あら?啓人の彼女?」


と紫利さんはいつものように気さくに瑠華を見る。


だけどその目は興味深そうに細められていた。


「そう、俺の彼女!」俺は慌てて瑠華を指し示し、「柏木 瑠華さん」とついでに紹介した。


「こちらは前に付き合いがあった藤枝 紫利さんデス」


紹介しながら声が小さくなっていくのが分かった。


「ニアミスねぇ。ごめんなさい、私彼とは何にもないから、安心してね」


紫利さんが、さすが落ち着いた大人の対応をしてくれて、瑠華も戦意喪失したようだ。


「いえ、こちらこそ。空気を悪くしてしまって…」


「まぁまぁ。紫利ちゃんも飲んでいくだろ?紫利ちゃん好みの焼酎用意するから」と店主が気を利かせて笑顔を向ける。


だけど俺を見ると、「勘弁してくれよ」と目が訴えかけていた。


はい、すみません……