「“紫利さん”?」
瑠華の低い声を聞いて、俺はそろりと彼女の方を伺った。
普段あまり俺に関心がなさそうだけど、紫利さんの名前には反応したようだ。
無理もない。
実は数週間前に俺は寝言で紫利さんの名前を呼んでいたらしい。
『“紫利さん”って誰ですか?』
と、無表情で聞いてきた瑠華の……だけど、あの俺しか分からない迫力の睨みを思い出して、俺は震え上がった。
「あら?啓人の彼女?」
と紫利さんはいつものように気さくに瑠華を見る。
だけどその目は興味深そうに細められていた。
「そう、俺の彼女!」俺は慌てて瑠華を指し示し、「柏木 瑠華さん」とついでに紹介した。
「こちらは前に付き合いがあった藤枝 紫利さんデス」
紹介しながら声が小さくなっていくのが分かった。
「ニアミスねぇ。ごめんなさい、私彼とは何にもないから、安心してね」
紫利さんが、さすが落ち着いた大人の対応をしてくれて、瑠華も戦意喪失したようだ。
「いえ、こちらこそ。空気を悪くしてしまって…」
「まぁまぁ。紫利ちゃんも飲んでいくだろ?紫利ちゃん好みの焼酎用意するから」と店主が気を利かせて笑顔を向ける。
だけど俺を見ると、「勘弁してくれよ」と目が訴えかけていた。
はい、すみません……



