Fahrenheit -華氏- Ⅱ



アロマルージュは店から1区画離れた裏道に面している店だ。


昼はランチを、夜にはダイニングバーになる、なかなか洒落た店だ。


裏道に面している場所で、おまけに看板らしい看板が出ていない。隠れ家的な店で、客が閑散としている場所なので、こうゆうときに打ってつけだ。


真咲がその店を知ってるか謎だったが、ネットか何かで検索したら引っかかるだろう。


もし見つけられなくて、ここに来なくても……


いや…俺は心のどこかでそれを願っていたのだろう…


そんな思いで、入り口のドアをくぐると、真咲は一番奥の席でタバコをくゆらせていた。


話したい、と思う反面居ないで欲しい。複雑に絡まった気持ちが―――それでも真咲を見ると、ゆっくりと解けていった。


ようは覚悟を決めたってわけだ。




店内は夜でもないのにかなりトーンダウンしてある。


オレンジ色の柔らかい照明だけが店内を僅かに彩っていた。


ゆったりとした革張りのソファ席に腰掛けた真咲は、俺を見つけると、軽く手を振った。


テーブルの上には紅茶の入ったティーカップが乗っている。


「案外早かったじゃない」


「待たせると機嫌悪くなるだろ?」


「そうね」


彼女はうっすらと笑った。別れて5年。


その月日を感じない、自然な振る舞いだった。


5年も経つと、どんな人間でも少なからず変わる部分がある。


外見にしろ、内面にしろ。


だけどこの瞬間の真咲は―――5年前のそれと





まったく変わらなかった。





俺がそれなりに好きだった頃の真咲だ。