Fahrenheit -華氏- Ⅱ



真咲はヒールを鳴らして、坂道を下っていく。


地下エントランスに続くエレベーターは、フロアや応接室がある階に停まるエレベーターとは別にある。


だけど真咲は敢えてこの坂道を下っていくことをした。


俺が追ってくると思ってのことだろう。


俺は手の中のピンクの携帯を宙にかざした。


「携帯はいいのかよ」


真咲が首だけを振り向かせて、無表情に俺を見上げる。


「要らない。それ、繋がらないの」


真咲の言葉で、俺は初めてその携帯に電源が入ってないことを知った。


念のため、折りたたみ式の携帯を開いて電源ボタンを押しても、画面は真っ黒のままだ。


全身から力が抜けていくのが分かった。





俺は―――何をやってるんだ。






自分の早とちりを―――そしてまんまと真咲の誘導に引っかかったことを


少しだけ恥じる。


余裕がなかった。


あいつが俺が捨てた筈の過去を引き下げながら、いきなり目の前に現れて―――




少なからず



動揺していたわけだ。