真咲はヒールを鳴らして、坂道を下っていく。
地下エントランスに続くエレベーターは、フロアや応接室がある階に停まるエレベーターとは別にある。
だけど真咲は敢えてこの坂道を下っていくことをした。
俺が追ってくると思ってのことだろう。
俺は手の中のピンクの携帯を宙にかざした。
「携帯はいいのかよ」
真咲が首だけを振り向かせて、無表情に俺を見上げる。
「要らない。それ、繋がらないの」
真咲の言葉で、俺は初めてその携帯に電源が入ってないことを知った。
念のため、折りたたみ式の携帯を開いて電源ボタンを押しても、画面は真っ黒のままだ。
全身から力が抜けていくのが分かった。
俺は―――何をやってるんだ。
自分の早とちりを―――そしてまんまと真咲の誘導に引っかかったことを
少しだけ恥じる。
余裕がなかった。
あいつが俺が捨てた筈の過去を引き下げながら、いきなり目の前に現れて―――
少なからず
動揺していたわけだ。



