「今更俺に何の用だよ」
苛立った口調で俺は聞いた。
俺と真咲の距離は長さにして2メートル弱ってとこだ。俺は今すぐにでもその距離を詰めて、真咲を問い詰めたい気持ちに駆られた。
もちろんそんなことはしなかったし、考えるだけで、しようとは思わなかった。
俺が何をすれば真咲が怒り出すか、分かっていたから。
真咲は腕を組むと、俺をちょっとだけ睨みあげた。
「自惚れないでよ。あたしがいつまでもあんたのことを考えてるとでも?」
「好きだから近づいたわけじゃないだろ?」
俺も眉間に皺を寄せて、低く答えた。
真咲は軽く肩をすくめると、余裕のある笑みを浮かべる。
そして流れるような仕草でちょっと腕時計に視線をやった。
「立ち話もなんだから、外で話さない?少しぐらいなら抜けられるでしょ?私も上司を待たせてるわけだし」
そう言いながら、真咲は地下へと続く下り道の先を見やった。
今更何の話があるって言うんだ。
こいつは何を企んでる―――?
真咲の視線の先の下り坂の向こう側は、広い地下駐車場になっている。
来客や管理職用に用意された駐車場だが、俺はそこを利用していない。
俺が答えあぐねいていると、
「車……変えたの?Zがなかったわ。それとも車通勤じゃないの?」
真咲は昔のような気軽さで聞いてきた。
だけど体は半分、後ろを向いていた。
「車は変えたかもしれないけど、香水は変えてないのね」
俺が話に応じないと踏んだらしい。真咲の方もこれ以上話すことはない、
とその背中が物語っていた。



