Fahrenheit -華氏- Ⅱ



「今更俺に何の用だよ」


苛立った口調で俺は聞いた。


俺と真咲の距離は長さにして2メートル弱ってとこだ。俺は今すぐにでもその距離を詰めて、真咲を問い詰めたい気持ちに駆られた。


もちろんそんなことはしなかったし、考えるだけで、しようとは思わなかった。


俺が何をすれば真咲が怒り出すか、分かっていたから。


真咲は腕を組むと、俺をちょっとだけ睨みあげた。


「自惚れないでよ。あたしがいつまでもあんたのことを考えてるとでも?」


「好きだから近づいたわけじゃないだろ?」


俺も眉間に皺を寄せて、低く答えた。


真咲は軽く肩をすくめると、余裕のある笑みを浮かべる。


そして流れるような仕草でちょっと腕時計に視線をやった。


「立ち話もなんだから、外で話さない?少しぐらいなら抜けられるでしょ?私も上司を待たせてるわけだし」


そう言いながら、真咲は地下へと続く下り道の先を見やった。


今更何の話があるって言うんだ。


こいつは何を企んでる―――?


真咲の視線の先の下り坂の向こう側は、広い地下駐車場になっている。


来客や管理職用に用意された駐車場だが、俺はそこを利用していない。


俺が答えあぐねいていると、


「車……変えたの?Zがなかったわ。それとも車通勤じゃないの?」


真咲は昔のような気軽さで聞いてきた。


だけど体は半分、後ろを向いていた。






「車は変えたかもしれないけど、香水は変えてないのね」






俺が話に応じないと踏んだらしい。真咲の方もこれ以上話すことはない、


とその背中が物語っていた。