以前は何度その名前を口にしたか。
笑ってるときも、怒ってるときも―――俺は彼女をそう呼んだ。
真咲の背中は俺の声を聞いて、一瞬ぴたりと止まったが、聞いてないふりをして再び歩き出す。
「待てって!真咲っ」
もう一度大声で言って、俺は彼女のあとを追った。
真咲のヒールはコンクリートの打ち付けられ、機械的なリズムを生み出している。
「真咲」
何度呼んでも彼女は振り返らない。
俺はため息をついて立ち止まると、
「待てよ。満羽」
と声を掛けた。
彼女が―――いや、真咲 満羽(マサキ ミツバ)がそこでようやく顔をこちらへゆっくりと振り向けた。
その顔に、俺の見知った笑顔が浮かんでいた。
「また……」
彼女はほんの少しだけ微笑むと、ちょっと弱々しい声を出した。
「また、あたしの名前を呼んでくれるのね。
昔みたいに」



