Fahrenheit -華氏- Ⅱ



「どうしましょう…今だったら受付に内線したら間に合いますよね」


瑠華がそう言って、応接室に取り付けてある内線電話の受話器を取り上げる。


「いや。俺が行くよ。走れば間に合うかも」


ピンクの携帯を手に俺の足はすでに、出口に向かっていた。


「柏木さん、俺の資料も持って、悪いけど先に帰っててくれる?」


瑠華は受話器を持ち上げたまま、不思議そうに首を傾け、それでもすぐに、


「ええ…かまいませんけど」と言って受話器を置いた。


俺は携帯を握ったまま応接室を飛び出した。


これはあいつのメッセージだ。


わざと携帯を忘れて、俺に届けさせる寸法だ。


瑠華の言う通り、受付に電話して取りに来てもらうっていう手もある。


あるいはすぐに名刺に書いてある菅井さんに電話をするという方法もあった。


だけど俺は自分の手でこれを届けに行くことを選んだ。


向こうからアクションを起こしてきた。


あいつが何を考えてるのか、聞くチャンスだ。


四機あるエレベーターはどれも上の階や下の方で滞っている。


待っている時間がもどかしくて、俺は階段を駆け下りた。


一階に降り立つと、受付の前に真咲の後ろ姿があった。受付嬢と何やら話しこんでいて、受付嬢は笑顔で答える。


真咲は一人だった。


彼女も受付嬢に笑顔で応え、そして正面玄関の方へ向かった。


俺も走ってそのあとを追いかける。


真咲が地下のコーチエントランスに入っていく途中だった。






「真咲!」






俺は彼女の背中に向かって、大声で声を掛けた。