「あ、いえ、すみませんこちらこそうるさくしてしまいまして」


大声で叫んだから出てきたんだろう。全く悪いことをした。


「ううん、いいのよお。うちのアレときたら昨夜の夜に温泉から帰って来た途端、熱を出しちゃってさあ。いい加減なラーメンなんて出せないから無理やり寝かしつけたのよお」


アレ……オヤッさんのことか。って、あれ? 昨日? 温泉? 店が終わってから日帰りで行ってきたのだろうか。


「あれ、昨日温泉に行ってらしたんですか。随分とハードなスケジュールですね……にしてもお大事……」


俺が言い終わらない内に奥さんが喋り出す。


「そんなハードでも無いわよお。昨日は火曜日で定休日だったからゆっくりしてたんだけどねえ」


「え……? 昨日が火曜日……?」


なんか物凄いことを忘れているような気がする。封印を解いてはいけないような、大変なことを。


「湯冷めしちゃったのねえ。でも温泉から上がった後は久しぶりの……って何を言わすのよおリョウスケ君ったらあ!」


奥さんは聞きたくも無いことを言いながら俺の背中へ強烈な一撃を放った。

それが最後の一押しとなり、俺の最大級の封印が今、解かれた。


「会社行くの忘れてた……」


俺はケータイの真っ黒い画面を眺めていた。

電池が切れて時の流れが停止しているとわかっていても眺めずには入られなかった。

俺は奥さんといくつか会話を交わし、ラーメン店を後にする。

今日は今日。明日は明日。


「さあー! 今日は何もかも忘れてステーキ食べてスシ食おう!」


【END】