「ただいま」

悠ちゃんが帰ってくる。

ジャケットを受け取る。

ハンガーにかけようとすると、ふわっと香る甘い香水の匂い。

香水なんてつけないのに…。

どうして?

「…美波?どうしたの?」

「あ、ううん…なんでもない」

ジャケットを持ったまま固まった私を、不思議そうに覗き込む。

「そういえば、今日病院行ったの?」

「うん、いつもと同じお薬」

「そうか、よかった。最近ちょっと元気なさそうだから心配だよ」

ふいに悠ちゃんの腕に包まれる。

かすかに残った香水の香り。

…嫌だ。

変な想像しちゃう。

胸を押して、その腕から逃れた。

「ね、ごはん冷めちゃうから…」

名残惜しそうに悠ちゃんの手が私の腕に絡んだけど、気づかないふり。

気づかないふり…で、いいのかな?

こんな関係でいいの?

「お仕事、忙しいんだね?」

「ああ、もうすぐ終わるけど、発表までは忙しいかな」

「終わったら、お休みの日にどこか行きたいな」

「うん、どこ行きたい?」

悠ちゃんは何も変わらない。

でも、気づいてしまったことは、なかったことにはできない。

静かにお箸を置いた。