このくらいの運動で息は上がらない。
俺はそんなにへなちょこじゃない。

ただ熱がこもった校舎は暑い。

額にはじんわり汗が滲んでいた。


「あのさ、賢のこと」


それを拭って、保坂さんに向き直った。


「黙っててくれて、ありがとね」


俺の言葉に保坂さんは、嬉しいような気まずいような

何とも言えないぎこちない表情をして俺から視線をそらした。


「いいよ、俺の独り言」


彼女はあくまでも《知らないふり》をするつもりだ。

だったらそれを止めさせる権利はない。

それが彼女の優しさなのだ。


「夏休みさ、学校来ないの?」

「いく。勉強しに」

「じゃあ、」


夏休み明けまで会えないかもね、

と言おうとした。


「俺も何回か学校来るから、会えるかもね」


彼女はこくりと頷いた。


「またね、にしはらくん」


俺は手を挙げた。


「うん。また」


保坂さんは俺に背を向けて階段を降りて行った。

俺も方向転換し、図書館に戻るために階段を昇った。

しっかり地面を踏みしめるように、一段飛ばしで昇った。