ある日の夜、里香はもちろん陽介も寝静まった頃
お袋が俺を呼んだ。


「どうしたの?」

「うん…」


重々しく、お袋が口を開いた。


「あの人が、ね…近くに住んでるらしいの」


ごくっと、唾を飲んだ。


《あの人》というのはつまり…

俺と血の繋がった男のことで、
世間一般で言う《父親》というポジションにあたる存在をさす。


「英治ももう17だし…言っておこうと思って」


何も返事できずにいたら


「ごめん…突然びっくりしたよね」


と謝られてしまい、はっとした。


「いや、違う。ありがとう、教えてくれて」


俺が笑顔を向けると、お袋は一瞬心配そうな顔をしたが…

微笑み返してくれた。

お袋は席を立ち「じゃあもう寝るね」と奥に消えた。


ふと、部屋の隅を見て移動する。


小さな仏壇。
手のひら大の写真の中で笑っているのは、俺の父さんだ。

たった一人の父さん。


父さんと血が繋がっているのは、陽介と里香だけ。

だけど俺の父さんはこの人だけだ。


父さんが俺の父親になったのは、俺が7才のとき。

そのとき、お袋のお腹には赤ちゃんがいた。