壁。

白い壁。

見つめていたら、何か出てこないだろうか。

例えば、鈴原秋人とか。

鈴原秋人。私の父親。

幽霊にでもなって、壁から浮き上がって薄情な娘を祟りにでも。

瞬きせずに眼球に力を入れる。

10秒…20……50…。

瞼が震えて目が痛覚を通しドライアイになっちまうぜと訴える。

生理的な反応で瞼が閉じる。

じんわり、暖かみが目に広がった。

暗い視界。

暗いけれど黒いわけではなく、瞼の裏には赤や青の様な色がぽつぽつと見えた。

そのまま探す。
記憶。

埋めた記憶、忘れた記憶。
昔々の想い出話。

眉間に皺を寄せ、眼球に更なる力を入れる。

力を放し、瞳を外界の光に晒す。

父親が母親の首を絞めて殴り、吐血させている記憶。

私を滅多蹴りして、ついでにと椅子で私の胴体を打ち付けている記憶。

私が包丁で親指を深く切ってしまい、夜中に痛覚が戻り呻いていたら「五月蝿ぇ」の一喝で頭を床に叩きつけてきた記憶。
その後母親にも「お前の躾はどうなっているんだ」と殴っていた。無論、翌日私が母親にフルボッコされたのは言うまでもない。

「………」

生憎と、殴られている素敵な記憶しかなかった。

他に色々あった筈なのに、どうしてだろう。