人波を避けながら休憩所へと早足で向かい、気持ちを落ち着かせ様と煙草を吸おうとしたが、私は留守電を聞いた途端、くわえたままの煙草に火を点ける事を忘れていた。
お昼休みの休憩時間の後に仕事に戻り午前中はあっと言う間だった作業が、眞奈の事が気がかりで15時まで、とても長かった。ミスはしなかったけれど、もどかしい時間だった。やっと留守電が聞ける。
〈美夢ぅ…たすけてぇ…あいたいよぉ…〉
たった数秒のメッセージに込められた言葉に私の心配は、どんどん大きくなって行く。それは掠れた様な、消え入りそうな、やっと絞り出せた声だった。左隣りに座る舞に、ちょっとごめん。と言って灰皿に煙草を置き、電話をかけ直す。3コール目で留守電と同じ儚い声で、美夢ぅ?と出てくれた。
〈ごめんね。仕事中で出れなかったの。どうしたの?〉
〈眞奈、あたま変になりそぅ…。…。ウチ来て…?〉
〈…仕事、土日休みなんだ。だから金曜日の夜じゃだめかな?ホントは、すぐ行きたいんだけど…〉
〈仕事…。がんばってるんだねぇ。うん。分かった。それまで、ガンバッテ待ってる〉
〈ホントごめんね。必ず行くからね!〉
〈ありがとぉ…。美夢がいてくれてよかった…〉
前髪をかき分けた仕草のまま考える。もどかしさが益々つのる。"ガンバッテ待ってる"頭の中で何度もリピートされる。でもそれは、再生し続ければならない大切なコトバ。いや、再生しなくても1周すると自動的に始めから再生されるカセットテープであって、テープであるから、早く停止ボタンを押さなければテープが擦り切れてしまう。眞奈の留守電に録音されていた声は、もう擦り切れていた。遠距離恋愛は、した事無いけれど、直ぐに逢いに行けない眞奈が、もの凄く遠く感じる。今なら恋人達の気持ちが多少なりとも分かる気がした。落ち着かせようとして煙草を吸おうとしていたけれど、今は、焦りと苛つきを抑えたくて煙草を吸いたい。前髪をかき分けたスタイルのまま手探りで灰皿に置いた煙草を探ったが感触が無い。
「まずっ」
左側を向くと煙草を吸わない舞が、いつの間にか苦い顔をしていた。