イマージョン

怒りの感情を拳に力を入れて抑える。
「学校は、やめちゃうの?」
「うん…。実家に帰ってしばらく休むの。あっちでも仕事とか、あると思うし…」
眞奈は、急に咳をし出して苦しそうにしている。普通の咳よりも内臓か何かが飛び出してしまうんじゃないかと心配になる位、咳が止まらない。私は拳によって作られた赤い爪痕の残る手の平で、大丈夫?と背中をさする。
「やっぱり風邪なんじゃないの?」
「ううん、ちがうの。部屋片付けてたら、ホコリが肺に入っちゃって…1回咳出るととまらなくなる…」
言いかけてまた、ゲホゲホと涙を浮かべ、顔を赤くして咳をしている。私は右手で背中をさすりながら左手で麦茶を渡した。苦し紛れに、ありがと。と麦茶を口にしたら、やっと咳が治まった。
「私が荷物まとめようか?眞奈はロフトに上がって横になってなよ。そんで私に指示してくれたらいーよ」
「ん…でも、ほとんど終わってるから…」
眞奈は、病気になってから少し遠慮がちになった様に思う。やはり心の病気の影響が有るのだろうか。眞奈はフラフラと立ち上がり、ベランダに行き、煙草を吸い始めた。
「だめだよ。咳ひどいんだから」
「でも、ストレスたまっちゃうから」
こう言う時には、どの様な言葉をかけたらいいのか。私はまた、迷い始める。複雑な迷路だ。病気だからと言って変に気を使ったら相手は嫌がるかもしれない。心の病気にストレスを与えるのは最も危険な事かもしれない。錆かかっていた脳みそがフル回転する。迷路の出口は何処?自ら複雑化してしまった迷路の出口…。私も煙草に火を点け眞奈の隣りに腰かけ、以前より更に細くなった肩に手を回した。私が眞奈の恋人になればいいんだ。心の傷を少しだけでも癒やしてあげたい。治癒能力は今は習得しなくていい。人間の温もりを与えるのが大事だと思った。迷路の出口は意外にも簡単だった。すると眞奈が私の肩に身を任せ寄りかかって来た。空を見上げたら2つに混じり合った煙が、夕暮れのオレンジ色の雲の中に消えて行った。