「澤村さん、今日は遅いね。」

「う、うん。」

翌日、早和はいつものように里見と職員食堂で昼食を摂っていた。遅いといっても栄人と昼食の約束をしていたわけではなく、栄人が食事に来た時、二人で遠くから見るのを楽しみにしていたのだ。運がいい時には「お疲れ様です。」と挨拶を交わすことができる。
早和は、昨日のことは里見には黙っていた。早和にとっては大事件だったが、栄人にとっては大したことではなく、今日食堂で会ったとしても、いつも通り横を通り過ぎて行くだけかもしれない。里見に話していたら、その瞬間もの凄く自分が惨めになるような気がしたからだ。

「あっ、来た来た。」
早和の鼓動が速くなる。

(鎮まれ、心臓・・・)

「あれ?誰か探してるみたいだよ。誰だろ?羨しいーね・・・って、え?早和、澤村さんこっちに来るんだけど!」

里見がパニクっていた。早和は、思い切って振り返ることもできず、ただじっと下を向いて体を震わせていた。

「お疲れ様。ここ、いいかなあ。」

早和の席の横に来て、栄人が尋ねた。早和はまだ顔を上げることができずにいた為、里見が代わりに「どうぞ、どうぞ。」と返事をした。

「北方さん、昨日のお婆さん、あの後どうなったか気にならない?」

「えっ?知っていらっしゃるんですか?」

早和は思わず顔を上げた。あの後ずっと気にはなっていたのだが、どこの病院に搬送されたのかわからない為連絡の取りようがなかったのだ。

「実は、あの近くに救急病院があるんだけど、友人の医者がいるんだ。もしかしたらそこに搬送されたんじゃないかと思って訊いてみたらビンゴでさあ。」

栄人は時計を見て一旦話を切り、食事を始めた。

「次、会議があって。食べながらごめんね。」