マンションに着いた頃には、辺りは陽が落ちて暗くなっていた。
部屋の明かりが点いている為、栄人が既に仕事から帰って来ているのが分かった。
二人は何と言って入ればいいのか分からず、しばらくドアの前で立ち尽くしていた。
優人がノブに手を掛けた。

「兄貴、ただいま。」

結局、いつものように家の中に入る。
しかし、「お帰りー。」という、いつもの栄人の優しい返事はなかった。
二人は遠慮がちに玄関で靴を脱いだ。
そこはつい昨日まで一番くつろげる場所だったのに、今はまるで初めて入る家のように感じられる。
夏だというのに空気は冷たく、二人を拒んでいるようだ。
栄人が、居間に背を向けて座っていた。
話をする前に、二人は自分達の荷物を簡単にまとめ、また居間に戻った。

「座れよ。」

栄人の言葉に、二人は黙って従った。
沈黙が続いたが、優人が何か決心をしたように話し始めた。

「兄貴、今は俺達を許して欲しいなんて思っていない。
今でも、兄貴には誰よりも幸せになって欲しい、そう思ってるよ、嘘じゃない。
けど、その気持ちと早和さんを一緒に考えることはできない。
俺と早和さんは、離れることができないんだ。
二人が一緒にいて、初めて生きるってことに意味があるから。
兄貴、俺、家を出て早和さんと暮らす。
今迄俺を育ててくれて、本当に有難うございました・・・。」

優人は泣いていた。
その澄んだ瞳から溢れる涙は止まることがなく、言葉の最後は声にならなかった。
栄人はずっと横を向き、優人が話している間も決して二人を見ようとはしない。
早和はそんな栄人と優人を見て、胸が張り裂けそうに痛んだ。

(私は、何か取り返しのつかない、恐ろしい事をしているのではないか。
深い絆と愛で結ばれていた兄弟だったのに、私と出会ってしまった為に、愛は憎しみに変わり、今、離れ離れになろうとしている。
私に、そんな権利なんてない!
でも、どうすることもできないの。
私と優人は離れてしまっては、きっと二人共生きては行けない。
私は元々六歳迄の命だったんだと思えば、死ぬことだってできる。
けど、優人には、幸せだったと思えるような人生を最後迄送って欲しい。その為だったら・・・!)