八月になり、早和は夜眠れない日が続いていた。
遠い昔、そう子供の頃に毎日のようにみていたあの夢を、なぜかまたみるようになっていた。
子供の頃の夢では、最後はいつも暗闇の中で誰を呼んでも返事がなかったのに、最近の夢ではとても優しい声で誰かが返事をしてくれる。
早和が安心してその声のする方に行くと、真っ青な空とどこまでも続く草原が広がり、そこに優人が笑顔で待っていた。
早和は真っ直ぐ優人に向かって走って行こうとするのだけれど、誰かが後ろから早和の手を引いて行くことができない・・・いつもそこで目が覚めた。
早和は分かっていた。
手を引くのは栄人で、自分が優人の所に行くことなどできるわけがないことを。
早和はこの夢をみる前から、自分が優人を愛していることに気付いていた。
けれど、優人に気持ちを伝えることなどできないし、それは優人を困らせるだけだ。
そして何より、自分を心から愛してくれている栄人を傷付けることになる。
早和は会社でも二人の前でも今まで通りにしていたが、その心の叫びが毎晩夢となって早和を苦しめていた。

(この気持ちのままでは結婚できない。きっと、みんなを不幸にしてしまう・・・。)

分かっていたが、早和はどうすることもできずにいた。
そんな時、あの事件は起こった・・・。


「もう、すっかり暗くなっちゃった。」

早和は、今日も栄人達のマンションに行っていた。
結婚式まで後一週間となり毎日のように来ていたが、夜は眠れないと分かっていたので、泊まっていくように言う栄人に何とか言い訳をして、毎日帰るようにしていた。
いつもなら栄人が駅まで送ってくれるのだが、今日は仲人の新庄夫婦も来ていた為、二人を家まで送って行くように、栄人に言ったのだった。
優人も学校の集まりとかで、まだ帰って来ていなかった。
早和自身、一人になって夜風に吹かれながら心の中を整理したかった。