早和達が勤める食品会社は、社員が百人程度という中小企業で、澤村栄人はその中で女子社員全員のあこがれの存在だった。

容姿はもちろんだか、まだ二十六歳というのに仕事でも常に中心にいて、栄人が企画した商品は世間でも名前が知れるくらいヒットしていた。彼を引き抜こうとする大手の企業も少なくないらしいが、栄人は移る様子は全くなく、他の社員からすればそれは不思議なことだった。

その謎に包まれたところが、彼の人気を一層高めていた。

早和は、この会社に地元の高校を卒業後すぐに入社し、事務の仕事をしていた。

早和が二十歳の時栄人が新入社員として入ってきたが、すぐに女子社員の噂の的になり、次々に交際を迫られたらしい。

しかし栄人は、誰とも付き合うことなく、仕事の面で業績を上げていった。

早和もそんな栄人がやはり気にはなっていたが、自分とは住む世界が違う人だと諦めていたので、遠くで見ているだけでよかった。

それが二年前・・・。

「大丈夫ですか?どこか痛いんですか?」

早和が歩道橋を歩いていると、苦しそうに座り込んでいる老人を見掛けた。声を掛けるが返事をすることもできない様子に、早和自身が慌ててしまい、どうすることもできずにいた。そこへー

「北方君、どうしたの?」

「えっ?」と振り返ると、そこには会社でもほとんど話したことのない澤村が立っていた。早和は緊張のあまり、しばらく何も話すことができなかったが、再度澤村に「北方君?」と優しく声を掛けられると、震える声で何とか答えることができた。