二人の結婚が決まってから二ヵ月が経っていた。栄人の仕事の関係で、挙式は八月に決まった。二人とも親戚がいない為、ほんのささやかな式にするつもりでいたが、それでも後二ヵ月となると準備などで忙しく、最近では早和が栄人達のマンションに出入りすることが多くなっていた。

「早和、今日の夕食は何?」

「うーん、何がいい?一応肉じゃがにしようかと思って準備はして来たんだけど。」

「おお、いいねえ。早和の料理って本当にうまいよな。結婚したら毎日食えるんだぞ、優人。優人は優しいから俺の料理に文句一つ言わなかったけど、やっぱり違うよなー。これがお袋の味だよ。」

「お袋の味かあ。覚えてないなあ。」

早和は、優人が一瞬寂しそうな顔をしたような気がした。

「実は、私も覚えてないの。だから、これは和の鉄人の味!だって、毎日料理の本見ながら研究しているんだもの。」

「早和様、おみそれしました!」

栄人と優人が、時代劇のように二人並んで正座し「ははーっ。」と深々と頭を下げる。

「苦しゅーない。近う寄れ。」

早和が二人の頭を撫でると、二人は子犬のように甘えた。

「はいはい二人とも!料理の邪魔だからおとなしくあっちで待っててね。」

二人は「はーい。」と返事をすると、素直に居間に戻って行った。
早和は、財布に付けている小さな鈴を見つめた。
それは、早和が子供の頃、母親が財布に付けていた物を欲しいとねだり、貰った物だった。
家族が心中を図ったあの時、一人だけ無事だった早和は、その鈴をしっかり握り締めていたという。
今でもリンリンとかわいらしい音がする。

「お父さん、お母さん、お姉ちゃん。ごめんね、私だけ幸せにになって。でも、その分、栄人さんと優人君を大切にするから、天国で見守っていてね。」

二人には聞こえないように、早和は小さな声でつぶやいた。

「優人、聞こえた?」

「うん、兄貴も?」

「俺、絶対早和を幸せにするよ。」

「そうだね。早和さんには、誰よりも幸せになって欲しいよ。頼んだよ、兄貴。」