俺が扉を引くなり、扉を叩いていたイチが反動で俺の胸元に飛び込んでくる。


目の前に迫った俺の半裸を見て、イチは慌てて体勢を整えた。


慌てて顔を逸らそうとするも、俺の手元を見ると露骨に顔をしかめた。


「あんた、何やったのよ」


「ちょっと鏡を割っちまっただけだ。危ないから近づくなよ?」


「ちょっとって感じじゃないよ?血が出てる……」


イチは俺の血が出ている方の手を握った。


思いのほか優しい手付きで、こっちの方が面食らった。


「タオル―――ある?とりあえず止血しなきゃ」


「どうゆう風の吹き回しだ?お前が俺の心配をするなんざな」


「嫌味なら聞かないよ。目の前で血を流されちゃ、見てるこっちも気分悪くなるから」


イチはそっけなく言って、それでも脱衣籠の引き出しに入ったタオルを取り出した。


リビングに連れて行かれ、大人しくソファに座らされる。そしてイチは俺の手にタオルを巻きつけた。


されるがまま、ぼんやりとイチの処置を見ていた。


イチは手馴れた様子でタオルで止血をすると、どこからか救急箱を引っ張り出してきて俺の手に包帯を巻きつけていく。


「……慣れてるな」


思わず呟くと、イチは僅かに目を伏せたまま小さく呟いた。


「………ママが…おっちょこちょいだったの。料理屋なんてやってるくせにしょっちゅう火傷や包丁で指切ったり…その度にあたしが手当てしてた……」


初めて聞く……イチのこんな寂しそうな声…


俺はイチが怒ってるか、皮肉げに笑ってる声しか聞いたことがない。


そしてはじめてこいつの口から母親の昔話を聞いた―――