白くて細い…まるでビスクドールのような肌。


その下に流れる頚動脈を圧迫する?首の骨を折る?


どちらにも俺には容易いことだが、俺はそうしなかった。


会長の寵愛を一身に受けているお嬢を殺せるはずがない―――と言うのも、もちろんだが、それ以外に―――……





彼女は百合香の娘だ。






俺が愛した人の―――忘れ形見………


日に日に百合香に似てくる彼女を、俺が本気で殺せるはずがない。




それにお嬢は―――あの小柄な体で



かなりのスピードと無駄のない動き―――俺の予想以上の動きを見せた。


キョウスケを人質にとっていなければ、恐らく俺はお嬢に返り討ちに合っていただろう。


さらにあそこにカタギの娘も居たことが、功をなしたわけだが。


お嬢、虎間、そしてキョウスケ―――


奴らが正常であれば、俺は間違いなく命を落としていたに違いない。





若い勢力が勢いを増し―――今、世代交代をしようとしている瞬間だ。






俺はネクタイを放り投げた。


「風呂に入ってくる」


そっけなく言ってイチに背を向けると、イチは何も言ってこなかった。



――――


風呂に入っている最中に、イチが襲ってくる可能性を考えて俺はバスルームに鍵を掛けておいた。


さすがにそれはないと思うが、念のために。


熱い湯を頭から浴びると、さっき感じたあの言いようのない恐怖感がじわりじわりと蘇ってくる。


足元から這い上がる恐ろしいまでの、怒気。


会長は―――お嬢が止めなかったら、確実に俺の指を折っていたに違いない。


それほど彼の目は怒っていたし、真剣みも帯びていた。


いっそ猛り狂っていた―――と言っていいほどに……


指を折られるのは覚悟していた。


俺が怖かったのは―――あの眼。


眼力でヒトを殺すことなんて不可能だが、あの時点で俺はあの眼で―――魂が引き裂かれそうになった。



27年間仕えてきて信頼もあるこの俺を―――あのひとは簡単に殺めることができたんだ。