「何故って、単に興味があったからだよ。冷静なあんたが取り乱すなんて珍しいね」


イチはくすくす笑って、それでも御簾と廊下を隔てる境界線より体をこちら側に出さない。


「素直な子だよね。あたしのこと本当に幽霊って思っちゃってさ」


「悪ふざけも度を過ぎてる」


俺の言葉にイチは腕を引っ込めようとした。俺の手から無理やり腕を引き抜こうとしたが、俺はそれをあっさり阻んで、彼女の腕に込める力を強めた。


「あたしがあの子に会って何が悪いってのよ。いいじゃないどうせすぐにあたしの存在が分かるわけだし」


イチは声を低めて、御簾の向こう側で唸った。


「今は時期が悪い。青龍会の跡目争いでごたごたしてるんだ」


俺も低く返す。


だけどイチは怯んだ様子もなく、低く続けた。


「あんたって昔っからそう。頭にあるのは青龍会のことだけ。大切なのはあの会長だけ」


そう言い終えると、イチは突如声を和らげた。


「青龍会なんてなくなっちゃえばいい。伝説じみた四神の言い伝えなんて、滅びればいい」


イチの言葉を聞いて、俺の中にある何かが首をもたげた。


怒りか、哀れみか、恐れか―――それとも同意か。俺自身にも良く分からなかった。


俺は力任せにイチの腕を引っ張った。


イチが短く悲鳴を上げて、御簾の向こう側から姿を現す。


白地に赤い花柄のワンピース姿。長い髪は後ろでポニーテールをつくってある。


まぁ、見ようによっちゃ幽霊に見えないわけでもない。


人形のように整った端正な顔立ち。年齢の割りに涼しくて落ち着いた雰囲気。






「お嬢に近づくな。彼女に余分なことを吹き込んでみろ?お前をただで帰すわけにはいかなくなる」





ドスを利かせた声で睨むと、イチはそれでも怯まずにちょっとだけ笑みを漏らした。