井口は、あぁ、といって男テニを振り返り、特に表情を変えずに言った。

「彼女が出来たって、言った」
「は、」
「は?」

目が飛び出るかと思った。
井口を見上げると、彼は平然とした顔で、私の言葉を待っている。

「上岡?」
「――はあぁ!?」
「うるさい」
「うる、って、え? ちょ、いぐち、」
「落ち着け」
「落ち着かないよ!」

井口、何考えてんの!
たった一週間なのに? 彼女出来たとか、何普通にみなさんに公表しちゃってるわけ?
え、ばかなの?

目をぱちぱちしている私の背中に大きな手をあてて、校舎の方へ促し、ざわざわしてる部員を一瞥して、井口はまた「うるさい」っていった。

私は、何も言う言葉が見つからなくて、手の平の言うことを聞くみたいに、ゆっくりと校舎へと歩きだした。
隣には、井口。

ぐるぐるする。
脳とか、心とか。

井口が触れてる背中が、熱い。