結婚は人生の墓場である、そんな身も蓋もない抽象的な主張を信じる派閥の人間ではなかったはずだ。
たとえ信じていたとしてもそれは曖昧で、嫌だ嫌だと思いつつも結局はその道に進んでしまう立場であると、そう思っていた。それ以前に、私はそういった立ち位置に生を享受した人間であるから仕方ない。それは諦めかけていた。諦めるしかなかったから諦めた。それでも悪くはないと思っていた。私だって、人生を自ら幕閉じしてしまうほど可愛くない存在ではない。だから、嫌悪する事項でもそれをやってのけて生きていけるのならそれでいいと。生命は惜しい。惜しいから、私はどんなに精神の器が矮小な人間であろうと、金銭に意地汚くとも、他者を見下ろす愚者であっても私はこの身を捧げる覚悟は確かにあった。今もそれはある。否、そちらに渡した方がまだよかったとさえ今は思う。つまり、私は私の所属する国家に奉仕する優秀な王女であると言える。国家の名誉と両親である王とその后のため、私は利害の一致する国家との取引の対象となることを承諾したのだ。承諾せざるを得なかったということは付け加えておく。しかし、今、この状況はなんだ?
私は何を着ている。純白の婚礼衣装を纏っている。床で引きずってしまうほどの長さのドレスに、両腕には肘までのグローブ。胸元に白薔薇の飾りが施されただけのシンプルなデザインであるが、儚げな上品さを与えてくるもので私の好みのものだ。
けれど、この状況はなんだ?私は誰と婚約を交わした?私には一切合財、記憶にない。父が異国の男性を紹介してくれた覚えも、従者以外の男性と会話をした記憶も私にはない。
実を言えば、私は私と対等である男性と話したことがないのだ。嫁がせる女人に穢れがないようにとの母の気配りだ。だから、私には現在の状況が理解できていない。私は何をしている?私は何故、こんなものを着ているのだ。そうだ、私、落ち着くんだ。遡ってみろ、私はどうしてここにいる。どうしてこんなに私の世話をする侍女の手は震えている?