わたしは、どちらかと言えば口と口を重ねるだけの普通のキスが好き。
すごく安心するからだ。
それを彼も熟知してるので重なった口を離して、また重ねる。
それを何度か繰り返し、最後にペロリと舐められて離れた。
「ね? ゆるしてよ」
安心感に満ちて彼の胸へ頭を寄せたい気持ちを我慢する為に、少し冷めたコーヒーを飲み込みギロリと睨む。自然とアヒル口も前へ突き出た。
「今の、得したのあんたじゃない」
「うふ、ごちそうさま」
「もう…!」
悪びれもせずに満面の笑顔で返されてはどうにもならない。
わたしは八つ当たりで爪を切る手を少し荒くした。自分の爪に八つ当たりしてどうするって話だけど、パチパチと無我夢中で切っていった。
「ねえ」
パチパチ
「あのさ」
パチパチ
「俺の声、聞こえてる?」
パチパチ
「ひんにゅう」
「その口もパチパチしてやろうか」
彼を黙らせて最後にパチン、と右手の小指を切って終わった。
両手を眺めてふう、と息を吐く。
「大丈夫。これからも俺が育ててあげるから」
だめだ。彼を黙らせるスキル、わたしは無かった。
ここで反論しても倍で返ってくるので、ぬるくなったコーヒーをちびちびと飲んでいく。
おもむろにテレビをつけようと目の前にあるリモコンへ手を伸ばせば、リモコンを掴む前に掴まれた。もちろん彼の手によって。


