黒の歌姫

 ランダーは二頭の馬にくくりつけた荷物を確かめると、ソニアを抱き上げて馬に乗せた。そして、自分の馬の手綱に手をかけた後、今一度湖を振り返った。
 桜の若木は、やはり湖水に向かって枝を伸ばしていた。
「行きましょう、ランダー」
 ソニアの声にランダーは再び前を向き、馬に飛び乗った。
 荷馬車に乗ったジェイク親子とは、街道の四辻のところで分かれた。そこにはもう、しいの木の十字架は一本もない。遠ざかる荷馬車の後ろから、サイラはいつまでも手を振っていた。
「結局、回り道になっちゃったわね」
 ソニアが言った。
「たまにはいいさ。うまいエールにありつけたことだしな」
「あら、あたしを早く厄介払いしたかったんじゃなかったの?」
「まあな」
「『まあな』っていうのは、そうだって事? それとも、それほど厄介払いしたいわけじゃないって事?」
 ソニアはいつでも物事をはっきりさせないと気がすまないらしい。
「お前が厄介者かどうか、俺にもよく分からなくなってきたんだ」
 ランダーが正直に答えると、ソニアは嬉しそうにほほ笑んだ。
「ねえ、ランダー、あたし達、いい組み合わせだと思わない?」
「魔物退治にはいいかもな」
 ランダーが答えをはぐらかせるように言うと、ソニアはため息をついた。
「色気のない人ね」
「何とでも言え」
「それじゃ、これからは魔物退治を商売にするっていうのはどう?」
「ソニア――」
「冗談よ。冗談」
――まったく、どこまでが気まぐれで、どこまでが本気なんだか……