黒の歌姫

「いろいろ世話をかけたな」
 そう言ってジェイクが少しばかり気恥ずかしげに、ランダーに大きな手を差し出した。ランダーはその手を握り、反対の手でジェイクの肩をたたいた。
「今度こそ、旅の無事を祈るよ」
「ありがとう。あんたの店のエールは最高だったな」
「いつか必ず来てくれ。また、ごちそうするよ」
「ゆうべ、あれだけ飲んだのにまだエールの話なの?」
 ソニアが顔をしかめる。
 二人の男は顔を見合わせるとニヤリと共犯者じみた笑みを浮かべた。
「エールのない人生なんて!」
 と、ジェイク。
「ああ、そのとおりだ」
 ソニアはふんと鼻をならして、じろりと男達を見やった。
「ところで、あの鼻持ちならない司祭はどうするの?」
「どうにもしないよ。どこでも司祭ってのは、俗世間のことにはうとくて、ふんぞり返っているものさ。まあ、村人の信用もなくしたことだし、当分はいばりちらすこともできないだろう」
 ジェイクの言葉にソニアは疑わしげに眉を上げた。
「どうかしら。あたしの考えじゃ、三月もしないうちにまたふんぞり返ると思うわ」
「わたしもそう思うわ」
 サイラは笑いながら言った。
 ランダーは少し離れて、感謝の言葉と別れの言葉を交わしあう二人の少女をながめた。
――こうして見ていると、ソニアも普通の娘なのだがな
 ランダーはそう思った。
 ふと、視線を感じたように、ソニアがランダーを見た。ソニアは愛らしいほほ笑みを浮かべ、もう旅立った方がいいかときいた。
「ああ、野宿をしたくなかったらな」
 ランダーは皮肉っぽく答えた。彼女の笑顔に一瞬、息をのんだことはすぐに頭の隅に追いやって。