日が傾きかける頃、「白い湖水亭」――すなわち「ジェイクの店」では、一日の仕事を終えた農夫達が世間話をしながら、エールのジョッキを傾けていた。
 あたりはまだ昼の明るさをとどめてはいたが、家畜のほとんどを失っている彼らは、以前のように日暮れまで働く必要がない。かつては陽気に騒いだ男達も、今は静かにエールを飲んでいる。
「おい、見ろよ!」
 窓際に座っていた男がすっとんきょうな声をあげた。
 別の男が窓から外を見た。
「あいつ、何をしているんだ?」
 たくましい体つきの見慣れぬ若い男が、水路の真ん中で十字架に縄をかけていた。夕暮れ前のやわらかな日の光を受けて、男の赤い髪は燃えるように輝いて見えた。
 店にいた男達は次々と窓に群がっていった。
 赤毛の男は縄の端を持ったまま水路からあがると、いまいましそうに長靴(ちょうか)を脱ぎ、さかさまにして中に入ってしまった水を外に出した。それから、縄を両手で握り、背負うようにして引き始めた。おそらく何年も水につかっていて腐食していたのだろう。十字架はわずかにきしんだ音をたてると、根元からぽっきりと折れた。
 店主のジェイクは、遅れ馳せながら、カウンターから出てくると、窓にたかっている男達をかきわけた。たいていの男より頭ひとつ大きい彼は、すぐに外のようすを見て取った。
 朝、店に来ていた赤毛の男が、ちょうど、折れた十字架をほうり投げるところだった。
 ジェイクは急いで外に出た。
 店の正面には、漆黒の大きな馬に乗ったベルー族の少女がいた。少女は朝と同様、薄物の衣服を身にまとい、店で買った灰色のマントをはおっていた。