黒の歌姫

「ねえ、ランダー、大変! どうしよう!」
 ソニアがそう言いながら戻ってきた。
 ランダーは話が分からずに顔をしかめた。
「今度は何だ?」
「七弦琴よ。あたしの! きっと水に流されちゃったわ」
「それなら、あっちにある」
 ランダーは親指を立てて、肩越しに後ろを指差した。ソニアは濡れた衣類をその場にほおり投げると、草の上に置かれた七弦琴のところまで駆け寄った。
「岸にうちあげられていたんだ」
 ランダーはそう言いながら、ソニアの服を拾い上げ、ぎゅっとしぼった。
「音が狂っていないかしら?」
 ソニアは心配そうだ。
「水はたいして吸っていないようだ。ひなたでゆっくり乾かせばだいじょうぶだろう――それより、こっちに来い。髪を乾かしたほうがいい」
 ソニアはマントを体に巻きつけるようにして、火のそばに座った。
 ランダーは上半身裸のままで、ソニアの服を手際よく木の枝に干していく。彼の背中から脇腹にかけては、古いものから新しいものまで、無数の傷跡が残っていた。
「ランダーは寒くないの?」
 ソニアは思わずたずねた。
「平気だ。俺は北部の生まれだからな」
 服を全部干し終わると、ランダーはソニアの横に腰をおろした。
「さてと……服が乾いたら行こう。あまり遅くなると宿までたどり着けないかもしれない」
「行くって、どこへ?」
 ソニアは不思議そうにランダーを見た。
「村の魔物は、ここの精霊ではない。そいつは確かだ。だから、安心して旅を続けられる」
「でも……でも、村の魔物はどうするの?」
「村の奴らが解決するさ」
 ランダーはそっけなく言った。