窓の向こうは裏庭だった。きれいに刈り込まれた芝生と花が終わった林檎の木が何本か見えた。裏庭にそって用水路が流れており、奥の方に水門がある。ここにもやはり、水路の真ん中に十字架が立てられていた。その光景にソニアは何か引っかかるものを感じたが、いくら首をひねっても思いつかない。
「あの水路は湖とつながっているの?」
「ええ、湖から水を引いているんですよ」
 ソニアは、目の前の椅子の背を指先でそっとなぞった。目を閉じると、寂しげな青い目をした若い女性の顔が浮かんでくる。
「この椅子は……ずっとここにあったのかしら?」
 サイラはふと手を止めて、椅子のかたわらに立つソニアを見た。
「それは姉が使っていたものです」
「お姉さんがいるの?」
「ええ。でも、一年ほど前に亡くなりました」
「お気の毒に。ご病気で?」
「これという病気ではなかったのですが……気力をなくして衰弱するように逝ってしまいました。死んだ母に似て、もともと体は弱いほうでしたから」
 サイラは何回か目をしばたいた。
「ここは、姉の部屋だったんです。姉が亡くなった後もその椅子だけは片付ける気になれなくて――姉はきれいな人でした。よくそこに座って外を眺めていました。まるで誰かを待っているようだった……旅人の恋人がいたのかもしれないといつも思うんですよ。その人が帰ってくるのを待っていたんじゃないかって」
「本当にそうかもしれないわよ」
 ソニアはそう言って、再び窓の外に目をやった。しかし、窓の向こうは用水路と水門が見えるだけで、街道はおろか村の道路さえ見えない。旅人を待つには不向きな場所だった。
「ねえ、この村にはずいぶん十字架が多いのね。水門の真ん中にまであるわ。何か訳があるの?」
 重い沈黙が部屋を包んだ。
 ソニアが振り返ると、サイラは顔をこわばらせて、小さな声で言った。
「魔物が出るのよ」