清潔感のある白いカーテンが、肌をふんわりとやいていく初夏の風を一身に受け止めて、彼女を守っていた。彼女の肌をなるべく紫外線の下に晒さないよう、強風で彼女の髪をさらわないよう、けれど彼女に気づかれぬよう、そっと。僕はそれを彼女のすぐ後ろで見つめていて、少しだけ頬が膨れた。カーテンになりたい、と思うほどではないが、それでも。男の嫉妬は何となく風潮から格好が悪いと思われがちであるが、女の心情にあって男にないものはせいぜい母性くらいだ。男だって、好きなものは独占したいと思うし、守りたいとも思う。だから、カーテンという無機質な存在に僕のポジションを奪われるのは、どうにも癪だ。そんな時、僕は、教師が板書をするために生徒側に背を向けた瞬間をねらって、彼女の肩を人差し指の先でとんとん、と叩く。すると、一瞬、彼女の肩がすくんだと思うと持ち前の出来のいい脳味噌を回転させてすぐに状況を把握する。そして、その長くて綺麗な黒髪をみつあみにしているゴム紐を取る。しゅるり、とほのかなシャンプーの香りににやりと顔を緩めてしまうのは彼女には内緒だ。彼女の腰まで届く長いその髪は、ゴム紐をとっただけでは、簡単にみつあみは崩れない。とんとん、もう一度、彼女の肩を叩けば、彼女は編まれている末端の一つをほどく。とんとん、ほどく。とんとん、ほどく。とんとん‥それを繰り返していくつか、いつの間にか終礼のチャイムが鳴り、僕たちは教師に挨拶をするために席を立つ。けれど、教師も、そうして周囲のクラスメイトも彼女の微妙な変化には気づかない。人間は、そういうものさ。僕だけが、彼女を見つめているのだ。そうして挨拶が終わって、教室内が一気に静寂を打破する。わいわいと席を離れ、仲間と集まり、教室内に言葉の海をつくりだす。けれど、彼女と僕は、二人、静寂を保身しているままであった。‥そして、風が、吹く。ぶわりとカーテンという防御壁を突破し、それは解かれた彼女の髪を一様にさらっていく。カーテンは、彼女の敵になった。「君が結んでよ」白いカーテンよりももっと白くて透き通るような綺麗な顔で、彼女は振り向いて僕に言った。僕は強く強く頷く。今度は、僕が彼女を守るのだ。