ねぇ、触ってみて。赤いルージュの爪先が僕を指差す。僕はすかさず、爪先が所望する場所を見つめるけれど、そこは虚空で、脳のない僕には到底分かるはずもない揶揄だった。だから、僕は素直に負けを認めて、おとなしく降参の意を示した。けれど、爪先は赤いルージュをニヒルに歪んで笑って、触ってみて、と呟くばかり。両手を挙げた僕にはなすすべがない。これ以上どうやって敗北を表に出せばいいのだ?先述の通りに、脳のない僕にはよく刑事ドラマなんかでみる、この格好しか思い浮かばないのに。触ってみてよ。もっと深く、奥まで。爪先が、僕の胸を艶やかになぞった。この奥には心臓しかありませんよ、僕は言った。ルージュは笑った、馬鹿ね、だから愛されないのよ。愛なんていりません、僕は言った。赤は笑った、感情はね、脳味噌にあるんじゃないのよ。ルージュは悲しい顔をしたから、僕は敗北を認めた両手の一つで、ルージュの額に人差し指を差した。手を拳銃の形にして。「夢、見てんじゃねぇよ」