結界―――。



『あたしが、あの中にいるヤツに用があるからだ』



不意に彼女の言葉を思い出す。

そうか。

もしかしたらこの場所は、そしてこの魔物が。

「ルティナの言っていた……」

「ルティナ?」

思わず口に出してしまったことに気付き、私は慌てて顔を逸らした。

魔物ハンターである彼女の『用』というのは、素人の私でも簡単に想像がつく。

なのに部外者である私が敵の前で、不用意にその名を口走ってしまった。

「成る程な」

(……あれ?)

その声に驚いた私は、反射的に顔を上げた。

たった一言の呟き。

先程までは冷たい印象だったが、その言葉の中には少し、柔らかさのようなものも含まれている気がしたのだ。

だが表情を見ると先程同様、冷めた眼差しを向けている。私の気のせいだったのだろうか。

「大陸三大国、何れかの差し金かとも思っていたが……あの娘(こ)か」

魔物は私から身体を離すと、背を向けた。

だが私は見た。後ろを向いた瞬間に、彼の口角が少し上がっていたのを。

やはり先程のアレは、気のせいなどではない。

「ルティナを知っているの?」

「当然だ。隻眼の魔物ハンター『キラー・アイ』の名は、俺の元にも届いているからな」

再び抑揚のない口調が返ってくる。

「再度問う。結界(モンスター・ミスト)を破ったのは、君の能力(ちから)か?」

先程よりも、更に強い口調だった。

翼越しからこちらを窺うように覗いている瞳も揺らぐことなく、冷ややかだ。