一体何が起こっているのか分からなかった。ただ頭が混乱して、そこで制止しているだけだ。

だが気付いてしまった。

ヤツの背に、黒い大きな翼が生えていることを。


(―――!! 魔物!!?)


魔物なら見たことがあった。

行商人である父の雇った護衛術士が、あたしたちの目の前で戦っていたからだ。

それらは全てヒトとは違う、異形の姿をしていた。

そして人間に変化する魔物がいることも、以前から話には聞いていた。

ゼリューはヒトのような容姿をしていた。

しかし人間には翼が生えていない。

その上『人間』だった頃にはなかった、刺青のような模様が、頬付近に浮かび上がっている。

不意にヤツが、ゆっくりとこちらに顔を向けた。

真紅の双眸。

今までに見たことのない、射貫くような冷たい瞳。

いつも優しく微笑みかけてくれる、そんな眼差しではない。

それ以外を、あたしは知らない。

目があった途端、あたしは急に恐ろしくなった。思わず後ろへ身を動かしていた。

しかし落ちていた瓦礫に足を取られ、転んでしまう。

この場から逃げ出したかった。だが身体は動いてくれない。

そこには両親の姿が見える。

もう動かないであろうことは、幼いあたしにも直感で分かっていた。