全速力で走り抜ける少女。
長い黒髪を揺らしながら、懸命に目的地へと向かっていた。
彼女のその瞳には、陽に照らされた周りの光景など映らない…
足元に溜まる、血だまりも…
苦しそうにうめく人々の姿も…
何もかも…
ただひたすら走り続け、ある人物の安否を確かめたかった…
無事でいて欲しいと、祈り続けた…
ただそれだけで、その思いだけで、足を進めていた…
一心不乱に、息が続くまで…
ある場所にたどり着くと、彼女はその足を止める。
大きな窓に、天へと続きそうな階段。
一際真っ白なその空間。
先程まで走り抜けて来たあの忌まわしい廊下の惨劇からは、想像できない、現実から切り離されたような場所。
汚れを知らない、清らかなその場に漂う黒い煙…
その煙は、その場から逃げるかのように、窓に開いた小さな穴へと向かって行く…
流れ行く煙の様子を、息を整えながら無言で見つめていたマリンは、その煙につられるように再び走り出した。
そして、そのままの勢いで窓ガラスへと突っ込んで行く…
パリーーン!
静かなその空間に、鋭く響く、何かが割れるような音…
両腕を顔の前でクロスし、身を縮めて窓ガラスへと突っ込んだ彼女の体は、細かいガラス片と共に落ちて行く。
そのまま地面に足をつき、体を支えるように両手をつくと、少し遅れて彼女の周りにガラス片がキラキラと舞い降りた。
綺麗に着地した彼女は、伏せていた顔を上げると、すぐさま立ち上がり、再び走り出す。
どこへ行ったかもわからない彼の元に向かって…
木々の間をすり抜けるように走る彼女の
表情は真剣で、それでいて、どこか苦しそうな、悲しそうな色を、瞳の内に秘めていた…
笑顔を消した彼女の真剣な表情が、今の最悪の状況を把握する…
彼女の走り去った空間には、風が巻き起こり、木々を揺らし葉を散らす…
新緑の葉が舞い降りたその地には、赤い雫の痕跡が…
その雫は、ガラス片の散った地から、転々と続いている…
何者かのつけた、足跡のように…
木々の並ぶ林の奥へと、続いていた…

