世界が終わる前に



彼も含め、彼を囲う全ての背景や物は絵になるくらいの綺麗さで、私は思わず息を飲んだ。


周りの喧騒や麻子ちゃんや塾生たちの冷やかしの歓声も何処か遠く響くだけで、視覚だけでなく聴覚まで奪われた私はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。



でも、麻子ちゃんの一段と大きく響いた喚声に、ハッと我に返ってすぐ彼に駆け寄ろうとした、が。


それをやめたのは、やっぱり私の弱さと臆病さが原因で。



彼が私なんかにわざわざ会いに来た、なんて思えなかった。

もしかしたら私なんかじゃなくて他の違う子を待ってるのかもしれない、と。


臆病風に吹かれた私は一歩を踏み出す事も出来ずにいて、ついにはその情けなさにいよいよ涙腺が緩みはじめた。


けれど、



「…――遅ェよ。待ちくたびれたじゃねェか」



そう言って、あの黒い澄んだ鋭い瞳で真っ直ぐに私の姿を見据えながら、ゆるりと力無く片手を上げて口元を緩めて意地悪くも優しく微笑んだ彼に、私の中で何かがプツリと切れた音と同時に理性が決壊した。