長年の経験から分かっている。
笑は俺のことを幼なじみのお兄ちゃん以上には思っていないと。
これは気付いていないだけ、とかそんな漫画のような話ではなく。確実であり、絶対だ。
「馬鹿えみ」
「えっ、なんで!?」
ビシッとこめかみに指を弾く。地味な八つ当たりに、痛いと頭をさすっていた笑の眉が下がった。
「英ちゃーん……」
不安気に此方を窺う栗色の瞳に一瞬、息が詰まった。
多分笑は気付いていないし、これからもきっと知ることはないだろうが、俺はこの目に弱いのだ。髪と同じ、色素の薄い瞳が揺れると、どんなに怒っていても俺には許す以外の選択肢は残されない。
別に今のは笑が悪い訳でもないので余計ばつが悪い。
「何でもねえよ」
ごめん、とこめかみを撫で頬へと滑らす。擽ったそうに瞼を閉じる笑にホッと息を吐いた。
「あ、そうだ英ちゃん、昨日優李がね、」
「ああ……」
再びニコニコと話し出した笑に相槌を打ちながら、隣を歩く。
道を歩くときも鈍くささは健在で、電柱にぶつかりそうになれば腕を引き、対向の自転車が近付けば肩を寄せた。
電柱に向かって進む笑に二度目の注意の声を掛けた所で、胸元に目が止まった。
「えみ、ネクタイ曲がってる」
臙脂色の真新しいネクタイの結び目がゆるっとしていて、何と言うか、雑だ。
こっちを向くように言って、手をかけて綺麗に直してやる。
「ありがと……」
「ぶきっちょめ」
そう揶揄うと拗ねたように頬を膨らます。
「ネクタイなんて結んだことないんだもん」
幼い仕草に笑いが漏れた。



