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少しだけ肌寒い朝、ぴいんぽおんと、やけに間延びした音が聞こえると、すぐにカチャリと扉が開いた。


「ごめんね、英斗くん。笑まだ準備が出来てないの」


扉を大きく開けて顔を出し、苦笑いでそう言ったのは笑のお母さんだ。


「慣れてますから」


同じように苦笑いで返す俺。これも懐かしい、一年振りのこと。

朝に弱い笑を迎えに行って、準備が出来るのを待つ。俺が行った時に既に準備が出来ている、なんてことは一か月に一回あるか無いかってところだ。


リビングに通してもらって、そのまま繋がっているダイニングのテーブルに座ろうとした時、焦ったような声が上から聞こえてきた。


「お母さーん! 靴下どこっ?」

階段からひょっこり顔を出したのは、裸足のまま慌ただしく動く笑だった。


「って、英ちゃん! ごめんね、もうちょっと待って……!? わっ」


どすん!

慌てて階段を駆け降りてきた笑が、あと数段というところで足を滑らせた。

はあ……と昨日の俺に負けず劣らず重たいため息を吐く笑母にまた苦笑を漏らしつつ、階段から落ちた笑に近寄る。


「生きてるか?」

「……なんとか」


「うぅ……英ちゃあん……」と手を伸ばす笑を抱き上げた。

自分よりも高くなった顔に目線を合わせるように見上げて。


「ったく、いつまで経ってもどんくさいな」

「むう……ひ、否定できない……」


軽口を叩きながら、怪我がないかを確認する。

笑が階段から足を滑らすなんてことはそれこそ日常茶飯事なのだが、一応。