無垢な君を押し倒す



微かな落胆を乗せた二酸化炭素を、一体今日だけで幾つ地にぶつけただろうか。そんなこと、数える気にもならないけれど。


「……意味なかったか」
「あ、朝のってやっぱり牽制だったわけ?」
「ん、まあ、ちょっとだけ」


笑と一緒に登校したのは単純に昔からの習慣と、隣を歩きたかっただけ。……ほんの少し、俺が虫除けになればいいな、シタゴコロ。でもまあそれも、予想外に笑を怖がらせたんだから、今となっては後悔ばかり。


窓から入る風で前髪を揺らし、ふうん、なんて面白そうに笑って水樹は言う。


「でも、会って二日で告白するなんて度胸だけはあるじゃん? 何年もそばにいるだけの奴もいるし。まあ、笑ちゃんはよく知らない奴と付き合うタイプじゃないとは思うけど、気を付けたら?」
「なん、」

「とられてからじゃ後悔するよ、英斗は、絶対に」


そう断言する水樹の勢いに押され、反論に開いた口を思わず閉じた。とられる、って、別に笑は俺のものじゃない。俺のものじゃないから、こんなにも焦っているのだろう。

笑は俺のものじゃない。分かり切っている事実だ。誰のものでもなく、笑は笑自身のもの。じゃあ、俺は? 考える必要もなく、笑のもの。こんなにも振り回されて、それでも愛しくて。笑の手と離れたとき、迷子になってしまうのはきっと俺のほう。

なんて、笑の鈍臭さを考慮したって、笑えない冗談だ。


「お前意外と我儘な癖に、笑ちゃんに対してだけ恰好つけすぎなの」

「……好きな奴の前で恰好つけなくて、いつつけるんだよ」

「だからぁ、それで一歩引いてるんじゃ本末転倒もいいとこだって言ってんの」


中身の無くなったピンクのパックをぞんざいに潰して、呆れたような水樹から目を逸らす。

こいつの言うことは、時々嫌になるほど尤もなのだ。


「ま、頑張れよ。一番近いのは間違いなく英斗なんだからさ」

やる気なさげな励ましを口にして、水樹は三つ目のパンを頬張った。