「なんだよ。何かあったのか?」
「……別に」
「ふーん」
頭上から降り注ぐ水樹の声は、心配そうな色を匂わせながらもどこか面白がっている。大方検討はついているのだろう。無駄に聡いこいつは分かった上でわざとこうするのだ。言ったことはないけれど、俺が笑に長年片思いしていることもきっと気が付いている。ムカツク男だ。
「ははーん。さては笑ちゃんだね?」
「……」
「ぶふっ」
「なに笑ってんだ!」
「ほんっと、英斗って、笑ちゃんのことになるとっ、わかりやすいよな、っ」
爆笑と言っていいほど腹を抱えて水樹が笑う。
噴出した水樹に顔を上げてもう一発。結構強く叩いたのに気にせず笑い続けている。なにがそんなに面白いんだコノヤロウ。
「くふっ、わりぃわりぃ……っ」
抑えきれてねえし、今更謝っても意味ねえんだよ。
冷たい目を向ける俺なんて視界に入っていないとばかりに気にすることなく、笑いすぎて浮かんだ涙を拭いながら口を開いた。
「で、笑ちゃんがどうしたって?」
「別に」
そっけなくそう言った俺に、拗ねんなよとまた笑いを零す。
「ついに振られたか?」
「んなわけねえし」
……たぶん。
「たぶんとか言っちゃってんじゃん」
「うるせえ」
ああ、もう嫌だ。俺ってこんなにヘタレだったか。笑にだけ執着して生きてきたわけではないのに。
ただどうしても、先ほどの笑の様子がちらつくのだ。



